早く海に帰りたい

人間を喰う

批判に於ける誠実さの話

 

この記事は「声かけ写真展 Advent Calendar 2018 https://adventar.org/calendars/3822 」の18日目の記事です。よろしくお願いします。

 

誠実さとは何か。誠実さとは資格です。何らかの物事を批判する際は殊にそれが必要になります。つまり、批判したい物事に対して誠実さを発揮できない人間には物事を批判する資格はないということです。

 

今回の声かけ写真展の騒動では、「資格」を持たない人間が多く見られます。

では具体的にどのような点が「誠実さに欠ける」と言えるのか、例を挙げていきます。

こちらの記事『世田谷の「声かけ写真展」で少女写真を販売 主催者はアダルトサイト運営も https://www.buzzfeed.com/jp/eimiyamamitsu/photos‬ 』ですが、中身をしっかり読めば声かけ写真展の主催者はアダルトサイトを運営していないことはわかります(buzzfeedさんのこの記事は明らかに見出しに悪意があり、これによって多くの誤解を招いている部分は大きいと思われますが、これは他の方も言っているので今回は掘り下げません)。一丁前に「声かけ写真展を許さない」と謳っておきながら、それに関する記事を読むことすらしないのはどう考えても誠実さに欠けるでしょう。

「声かけ写真展のホームページに主催者への連絡先が書いていない」と憤っている方もいましたね。書いてあります。お前がちゃんと読んでいないだけです。

最も酷いのは、声かけ写真展を批判している方たちの大半が声かけ写真展に足を運ばず、実際の展示作品を見ていないということです(中には足を運んで作品を見ている方もいらっしゃるかもしれないので「大半」としておきます)。見てもいないのに批判なんぞ出来るわけないだろいい加減にしろ。

 

このように、声かけ写真展を批判している皆さんは実情を知ろうともせずにただ勢いに任せていっときの昂りをぶつけているだけに過ぎません。これまで便宜上「批判」という言葉を使ってきましたが、彼ら、彼女らの言動は批判とは言えないでしょう。ただの罵倒です。批判という体を気取るから発言に矛盾を抱えてしまうし、僕のようなのに馬鹿にされるのです。

「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ」という言葉があります。石を投げる際にはそれなりの覚悟を持ってやって欲しいものですね。

 

※追記

本記事を読んで、「この記事には誠実さがない」と思われた皆さん、ご安心ください。僕ははじめから、声かけ写真展を批判している皆さんを批判する為ではなく、そのような人々を馬鹿にする目的で書いているので問題ありません。しかしそういった感想を持ってくださった方はちゃんと読んでくださっているのでそれで正解です。ありがとうございました。